黎明

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年が明けた。

それでも地球は回る。青い空と白い雲。雄大な大地。蕾は美しい花を咲かせる。雪は静謐に降り積もり街を真っ白に染め上げる。猫は炬燵で丸くなる。日雇いバイト先の社員は派遣労働者を冷たくあしらう。

そんな日々が、今年もお前を迎えた。

 

お前は今日も自分が著名な人物になって富と名声を得た未来を夢想する。お前はいつか自身に内在する才覚が何らかの形で顕現して面目躍如たる人生を謳歌出来ると本気で信じていた。

 

そして今、忌避すべき現状を前に、お前は慟哭する。お前は何も変化しなかった。どんな時もお前を阻害するのは、供給過多なカレーの具のようにごちゃ混ぜになった雑多な意思だった。妙な雑念が頭から振り払えない。お前は人生の大事な分岐点で、本来思案すべき事柄を放置して全く関係の無い思念に囚われる癖があった。進路選択の際、進路調査票に唐突にバナナの絵を描きたくなる衝動に駆られた。学校の授業でグループディスカッションをした時、自分が発言する内容を脳内でまとめている最中何故かデーモン小暮閣下のことが脳裏をよぎり、福祉の議題なのに全然関係ない「蝋人形」という単語が口をついて出そうになった。お前の頭の中は、十年以上も整理整頓を怠り続けている少年の机の上のように乱雑で、粗野で、グチャグチャになっていた。

 

お前はきっと、自分が流動的な生き方をしてきたことを自覚している。そして、本当は面と向き合って対峙しなければならない問題を放擲し、逃避を重ね続けてきたことも。

 

お前はそんな自分が嫌いだったから、インターネットに退避した。自分の存在を少しでも忘却して別の世界に没頭出来ることは、お前にとって救いだった。それでもお前の傷は完全に癒えることは無かった。お前は葛藤していた。お前は、今でも顔の見えないインターネットユーザーが集うサイトを現実世界の敗者の集会所だと思っているんだろうか。

 

お前は物心ついた時から、自分がある程度社会の枠組みにはまらないアウトサイダーであることを自覚していた。孤独感、疎外感、劣等感、憎悪、絶望…。悲観的な考え方を重ねていく内に、もともと内向的だった性格は助長されていった。

 

そんな性格だったお前でも、他者との交流を避けられない局面では、なるべく普通の人間であろうと尽力した。その点でお前は真面目だった。社会で糾弾されるような自宅籠城生活を送る羽目にはならなかった。お前は、傍から見ればどこにでもいる普通の冴えない大学生だった。

それでもやはり、自分が社会に迎合出来るのかという不安は常にお前に付きまとっていた。

お前はきっと大衆にとって、常識を逸脱しない、理解の及ぶ範疇に存在する人間であった。そして同時に、大衆はお前を程度の低い人間だと認識していた。大衆はお前を見下していたし、大衆がお前を見下していることをお前は肌で感じて知っていた。お前は大衆に見下されていること、その反面で同情という名の庇護下で生きていることがとてつもなく悔しかった。それはきっと、お前が臆病な自尊心と尊大な羞恥心の持ち主だったからだ。

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そうした数多の雑念が入り乱れ、混濁した意識がお前を支配する中、ただひとつだけ、強靭で、確固で、揺るがない意志がお前にはあった。残念ながら今の私には、具体的にそれが何なのかを知る術はない。

 

それが何だったのか、一年後のお前がその身を挺して私に教えてくれたなら、それはとても嬉しい。